レビ記は聖書の中で3番目に来る本であり、モーセ五書(トーラー)の一つです。名前にある「レビ」とはイスラエルの子であるレビの子孫のことを指しています。モーセがシナイ山に登っている際に多くのイスラエルの人々が神から離れてしまいました。しかしモーセと同じ部族であるレビ族は、神から離れることなく忠誠心を示したので、特別に神に直接仕えられる「祭司」と言う権利を与えられます。レビ記はこのレビ族の役割を含めた様々な神からの律法を記載した本です。


レビ記の概要

レビ記には多くの儀式やお祭り、律法などが書かれていて、とても読むのに苦労する本です。創世記、出エジプト記と読んできてレビ記でつまずいてしまう人は多いのではないかと思います。


レビ記の構成は16−17章(贖いの日の内容)を中心に、前半・後半が似た様な内容になっています:


  • 1−7:   捧げもの儀式(Rituals of offering)
  • 8ー10:  祭司の任命(Ordaining of priests)
  • 11−15: 生活の中での聖さ・汚れ(Purity and impurity in daily living)
  • 16−17: 贖いの日(Day of Atonement)
  • 18−20: 道徳の聖さ・汚れ(Purity and impurity in moral living)
  • 21−22: 祭司の条件(Conditions of priests)
  • 23−25: お祭りの儀式(Rituals of celebration)

そもそもなぜこの様な本が必要となったのかを見ていきましょう。


なぜ必要なのか?

出エジプト記の後半でイスラエルの人々は神から離れ、自らが作った偶像を礼拝していました。その結果、レビ記1:1に「天幕から彼(モーセ)に告げて仰せられた。」と書いてある様に、モーセは天幕の中に入れず神は天幕の中から外にいるモーセに語る形になっていました。近寄れない理由は神は「聖い(聖別されている)」存在で、イスラエルの人々は「汚れた」人だったからなのです。


神はレビ記を通してどの様に汚れた人が神と一緒にいられるかを表している本なのです。ある人が神を太陽と例えている話を聞いたことがあります。太陽は明かりを与えますし熱も与えるので私たちにとっては無くてはならないものです。しかし私たちが生身で太陽に近づいてしまうととても危険で、気をつけないと死んでしまうかもしれないです。神と共にいるとは似た様なことなのです。


捧げもの・お祭りの儀式

File:Book of Leviticus Chapter 1-1 (Bible Illustrations by Sweet Media).jpg  - Wikimedia Commons

イスラエルの人々は神に様々な捧げもの捧げる様に命じられていました。捧げものは2種類で、罪を犯した償いとして捧げるものと神に感謝を表して捧げるものです。実際に罪に対しての生贄を捧げることにより罪が消えることはないのですが、本人が罪の重さ(罪の罰は死であること)を理解するために行われていました。そしてレビ記の後半で登場するお祭りも神の過去の様々な奇跡や偉業をイスラエルの人々が覚えておくために行なっていたのです。


祭司の役割

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レビ族の中に特別な祭司の役割につく人たちが選ばれました。その中でもモーセの兄アロンとその息子たちが大祭司として選ばれました。この大祭司のみが契約の箱が置かれているとされている特別な場所に踏み入ることが許されていました。即ち、大祭司のみが神と直接会うことが出来ることになっていたのです。しかし、神と会うためには正しくなければいけないのです。アロンの息子たちは正しくないことを行い、即死することになりました。


贖いの日

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レビ記の中心に大事な「贖いの日」の儀式があります。イスラエルの人々の中でちゃんと罪に対しての生贄を捧げていなかった人がいるかもしれないので、年に1回全員を代表して生贄を捧げる日があります。そこでは2頭のヤギを用意し、片方は生贄として殺し、もう片方にはイスラエルの民全員の罪を負わせて荒野に放ちます。このヤギのことを「スケープゴート」、もしくは「アザゼルのやぎ」と呼び、のちに来る「全ての罪を負う方」を暗示しているのです。


まとめ

これらの多くの儀式や律法をイスラエルの人々が守ることによりある変化が現れます。レビ記の1章では神が「天幕から彼(モーセ)に告げて仰せられ」ていましたが、次の本である民数記の1章では神は「天幕モーセに告げて仰せられ」る様になりましたので、モーセは神とまた直接会い話すことが出来る様になったのです。神と近くいるためには、神がどの様な方なのかを理解し、人に何を求めているかを良く理解することがとても大事なことなのです!


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2件のコメント

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