聖書の歴史[History of the Bible]

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私たちの手元にある聖書は長い歴史を経て今の形になっています。プロテスタントの教会が使用している聖書は旧約聖書・新約聖書と別れており、全66巻で構成されています。実は聖書の中の本には「原本」と言うものが現在存在しておらず、今ある聖書は原本の写本の写本をさらに写本したような形なのです。

聖書にはモーセ五書や列王記などの歴史書、預言者の言葉や歌の本、そして使徒が書いた手紙などが聖書に含まれています。それぞれ原文は異なる時代に書かれており、さらにヘブル語、アラム語、ギリシヤ語など異なる言語でも書かれています。それぞれの文章は写本を繰り返し語り継がれて行き今の聖書の形になります。


聖書と言っても全てが同じ内容では無いのはご存知でしょうか?カトリック教会が使用している聖書、プロテスタント教会が使用している聖書、そしてエチオピア教会やギリシヤ教会が使用している聖書は含まれている本や訳が異なるのです。なぜこのように違いがあるのでしょう?そして、どれが正しいのでしょう?


マソラ本文と70人訳[Masoretic text and Septuagint]

Septuagint - Wikipedia

旧約聖書は古くから写本が繰り返せれているが、最も最近で現存している写本は主に2つあります:マソラ本文と70人訳(セプタギンタ)です。マソラ本文はイエス・キリストの誕生のおよそ100年に作られた写本であります。ユダヤ人によりヘブル語で書かれておりまして、写し間違いが無いように厳重なチェックがされていると言われています。現在のプロテスタントの教会が使用する聖書はマソラ本文を元に訳されたものになります。


70人訳とは当時のエジプトファラオの命令で作られたコピーになります。紀元前300年頃に当時最も良く使われていたギリシヤ語に訳されて作られました。その時にイスラエルの各部族から6人ほどの者が集まり、70人(もしくは72人)で別々に翻訳が70日間かけて行われました。別々に翻訳されたのですが、みんな全く同じ翻訳を作ったと言う逸話までもあります。別名LXX(70の意味)と呼ばれることもあります。現在聖書に含まれている以外の本もこの70人訳にはありました。


改ざん(?)された系譜[Manipulated genealogy]

イエス・キリストの時代ではギリシヤ語が最も使用されていたので、恐らく多くのユダヤ人はギリシヤ語の旧約聖書を読んでいたと思われています。なので、イエス・キリストおよび彼の弟子たちが引用する旧約聖書はマソラ本文より70人訳と一致することが多いです。

マソラ本文と70人訳の間に様々な違いが実はあるのですが、特に気になるのが系譜です。アダムからノア、そしてノアからアブラハムまでの系譜がありますが、マソラ本文と70人訳の間で多くてなんと650年ほどの違いがあるのです!単なる間違えなのか?故意的な修正なのか?


マソラ本文の系譜(青い縦線が洪水のタイミング):

マソラ本文だとアダム誕生から1600年後くらいに洪水が発生しています。そして特に洪水後のところが大事で、2点気になるところがあります:

  1. セムが自分の子供、孫より長生きし、さらにはアブラハム・イサク・ヤコブと同じ時期にも生きていたというようになっています。普通考えるとなかなかありえない話です
  2. 洪水後に人々は点まで届くバベルの塔を造り始めるのですが、神は人の言語をバラバラにし、完成することができなくなります。このバラバラになったタイミングにペレグが生まれているので、上の系譜の場合は洪水の約100年後にバベルが造られたと言う事になります。人口が3%で増えていたとしても、100年だと130人ほどにしかならないので、こちらもなかなか考えられないです

70人訳の系譜(青い縦線が洪水のタイミング):

70人訳だとアダム誕生の2200年後くらいに洪水が発生しています。こちらの系譜だとセムはアブラハム・イサク・ヤコブと同じ時期に生きていない事になります。また、洪水後から400年ほどバベルの塔建築まで期間が空いているので、人口が3%で増えていた場合は100万人ほどの人口がいる事になるので、まだありえそうです。

この系譜の違いなのですが、意図的にマソラ本文が改ざんされているのでは?と言う説があります。旧約聖書にはメルキゼデクと言う王でありながら祭司である人が登場します。このメルキゼデクについては多くは書かれておらず、彼はイエスのモデルであると新約聖書では書かれています。しかしユダヤ教ではこのメルキゼデクは実はセムであったと教えています。なので、それを証明するために系譜を改ざんする必要があったのではと考えられています。


まとめ[Summary]

クリスチャンにとって聖書は大事な書物であることは間違い無いです。しかし私たちが今手にしている聖書はどのようにして私たちの手元に来たかを理解する必要があります。長い年月をかけて様々な変化を受けて来ているので、一番最初の聖書と今私たちが手にしている聖書は全く同じものでは無いのです。それを踏まえて聖書を通して神が何を語ろうとしているのかを良く調べて学んでいきましょう!


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2件のコメント

Tania · 2021年7月13日 2:46 AM

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I would like to say that this write-up very compelled me
to check out and do so! Your writing taste has been surprised me.
Thanks, very nice article.

an scoliosis surgery · 2021年9月6日 2:06 PM

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Thanks

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